嘉永・慶応

芝・増上寺を中心とした芝一帯の地域

@京浜第一国道・・・・・・・芝口橋「新橋」から、南へ金杉橋までの大通りが東海道で、江戸で
一番古い通りである。


この一帯の地域の中の大名小路といわれる中に、大名屋敷が集まり、元禄忠臣蔵の浅野内匠頭が、切腹させられた。 田村右京太夫の屋敷があり、現在は、日比谷通りに、元禄十四年三月十四日に自刃せし所なり、として、浅野内匠頭終焉の地の 石碑が、建立されている。
また、桜吹雪の名奉行・遠山金四郎の屋敷などもある。

A新橋ステーション・・・・"汽笛一声新橋を"と、明治五年(1872)に、脇坂淡路守上屋敷に建設された。


BJR・新橋駅・・・・・・・・難波橋、土橋の南、中川修理太夫中屋敷。


CJR・浜松町駅・・・・・・大久保加賀守上屋敷。


D慈恵会医科大学・・・・・・松平隠岐守、池田昇丸上屋敷一帯。


E東京プリンスホテル・・芝・増上寺の御霊屋一帯。現在は、増上寺の一隅に移され、 栄華を極めた
往時の御霊屋を、今は、偲ぶことはできない。

* 歴代・徳川将軍の墓所・院号 *
第二代徳川 秀忠院号・大徳院
第六代徳川 家宣院号・文昭院
第七代徳川 家継院号・有章院
第九代徳川 家重院号・惇信院
第十二代徳川 家慶院号・慎徳院
第十四代徳川 家茂院号・昭徳院

Fホテルオークラ・・・・・・松平大和守守屋敷
G東京タワー・・・・・・・・・・芝・増上寺山内、金地院

江戸切絵の画像に記載されている○数字にマウスポインターを合せると説明が表示されます。

@京浜第一国道・・・芝口橋「新橋」から、南へ金杉橋までの大通りが東海道で、江戸で一番古い通りである。
BJR・新橋駅・・・難波橋、土橋の南、中川修理太夫中屋敷
A新橋ステーション・・・”汽笛一声新橋を”と、明治五年(1872)に、脇坂淡路守上屋敷に建設された。
Fホテルオークラ・・・松平大和守守屋敷
D慈恵会医科大学・・・松平隠岐守、池田昇丸上屋敷一帯
E東京プリンスホテル・・・芝・増上寺の御霊屋敷一帯。現在は、増上寺の一隅に移され、栄華を極めた住時の御霊屋を、今は、偲ぶことはできない。
G東京タワー・・・芝・増上寺山内、金地院
CJR・浜松町駅・・・大久保加賀守上屋敷

<注意>
上記画像は、株式会社 人文社(発行所)様より承諾を受け「嘉永・慶応 江戸切絵図」
I芝口南西久保愛宕下之図(一八六一年)より転記、掲載しております。